登亭の閉店

登亭が閉店します。
11月一杯だそうです。
皆さんの色々な思いが一杯詰まったお店です。
私の友人の間では「とんてい」と呼んでいましたが・・・
あの値段でこの内容。
チェーン店には出来ない事ですが、個人店にも無理なんでしょう。
「茶谷」がなくなり、あとは「丸藤」「坂本屋」「とん八」「秀よし」などの存続を願うのみです。
ミクシーに「登り亭ファンクラブ」があって、書き込みをみると今更ながら、マスターの人柄に惚れ込んでいたのは、私だけではなかった・・・と胸打たれました。
「博華」の親父さんといい、寂しい限りです。
ところで、現在「地域猫」は2匹だそうです。
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2006.8.12

登亭(洋食ランチ)(***)

南口松屋隣でガンバっている西荻の老舗。ここを、そして親父さんを知らずして西荻を語る事なかれ
ボリュームと栄養満点・学生、独身サラリーマンの強力な味方。
女性客はついぞ見かけたことなし
満腹になること請け合い。
味にけちをつける人もいるが、私にはいける味・・・とは言ったものの客観的には(*)か。
但し総てのメニューが「登亭」伝統の味である。
豚カツ定食600円(*)具がいっぱい入っているおみそ汁、大量の野菜とサラダがついてくる。99.3.5
親父さんは大手町の産経会館のレストランで働いていたが東京オリンピックの前の年(1963年..ケネディ暗殺、力道山刺殺、鉄腕アトム、鉄人28号)の寒い冬の2月に吉祥寺の実家に居候していた親父さんは隣駅の西荻窪で登亭を開店したのであった。
当時の西荻は...というより、吉祥寺が寂れた町(お寺の町という感じだった)...ホントウデス...であったのでそれと比較すると西荻の方が遙かに賑わいのある町であったそうな。
弱冠28歳の親父さんはこの柳小路に開店したのであった(最初の1年は西友のガード下の小屋がけで、奥さんと一緒になったのもこのころだそうです)。
定食80円の時代で産経会館では軽く1万円は売れたが、西荻では深夜の2時まで働いても4千円くらいにしかならなくて当てがはずれたそうである。
でも必死に働いたお陰か、その年の秋風が吹く頃には、一端来てくれた客は必ず来てくれる様になったそうだ。
柳小路は綺麗どころが多く(当時は南口駅前を大部分を占めていて今の5−6倍の広さだった。
映画館もあるちょっとした歓楽街で飲み屋さんが多かった。
「組」の事務所もあってしょっちゅうけんかが絶えなかった。
昔は学生さんがほとんどだったが、今はサラリーマンが90%で学生はほとんどいない...との貴重な昔話。
豚カツ750円(**)はライスを必ず少な目に注文する事。99.10.14
 おじさんはねこが大好き、奥さんと野良猫を何匹も飼っている(餌をやっている?)ようだ。「西荻には映画館が7軒あった」と言うが「私の記憶では6軒です....」99.10.19 
ロースカツランチと焼きなす12.1.31

2006年8月11日、14:01:58 の 登亭

これが「登亭ランチ」¥750です。無理ですね、この価格でこの内容・ボリューム。ごはんはこれで小盛りです。

何時も「はつね」側の端の席が定席でした。

表紙
















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